カテゴリー「豆知識」の5件の記事

12月12日の喜水苑風習

今日12月12日は石川五右衛門が釜ゆでに処刑されたのが12月12日で、逆さまに貼るのは泥棒が天井から逆さまに忍び込むからです。つまりこの日にちを見て泥棒が五右衛門の処刑を思い出し、逃げ出すんですね。こんな風習というか、まじないを取り入れているご家庭がありませんか?喜水苑では私の祖父の頃いやもっと前からなのかもしれませんが・・・・。半紙に12月12日と縦に書きます。それを、玄関や、柱に「さかさま」に貼り付けると泥棒に入られないというおまじないになるんだそうです。で、どんなに忙しくても毎年必ず欠かさずにこの行事を行っています。いつだったかカウントダウン状態の時間に思い出し慌てて窓という窓全てに貼り付けた記憶があります。でも、石川県というか川北町では知る人ぞ知る風習のようで、皆さんあまりご存知ないようです。皆さんのお宅ではどうですか??

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水琴窟

水琴窟〔すいきんくつ〕

皆さん水琴窟ってご存知ですか?今回は喜水苑社長自宅に社長のこだわりで設置してある水琴窟について説明いたします。Dsc02599_2  写真が喜水苑 社長自宅の水琴窟です。音をお聞かせできなDsc02600_1いのがとてもDsc02596残念です。しっとりDsc02598落ち着いた心休まるすばらしい音を奏でています興味のある方は是非ご一報くださいませ。ついでに自慢の庭園もご覧下さい。石川県の水琴窟の名所として観光客の方に音をお聞かせしたい位いい音を奏でています。(^.^)

 

水琴窟とは・・・・。

縁先に置かれた手水鉢や庭先の蹲(つくばい)から溢れた水、またそれらで手を清めた後の水を利用して、庭園にを響かせる日本独自の風流な仕掛けになっています少し金属的な音で、琴の音に似ていることから水琴窟と呼ばれ、庭師が瓶(かめ)に落ちる水滴の音を聴き、その響きが良いことに気づいたことから産まれたといわれています。
 水琴窟が造り始められたのは
江戸中期とされている。京都や江戸の裕福な商人の間で庭を造ることが流行。それも座敷に調和した贅を尽くした庭であった。江戸中期は、茶道が庶民の生活の中に広まってきた時期で、一部の商家では客を丁重にもてなすため、庭の片隅に競って茶室を造らせ茶会を開いる。お客は茶室の入口で蹲(つくばい)の水で手を清めますが、当然、むかしは下水など無く足元は水浸しになってしまうので、地中に埋め込んだ瓶に一時的にその水を溜めた。この時、瓶に落ちる水滴の響きが良いことに気づいた庭師。瓶の形を変え、寸法を変え、周りの土や砂利を変えることで、音が微妙に変化することも知ることになる。庭師の遊び心から生まれた水琴窟といえる。なお、水琴窟は江戸初期に小堀遠州が考案した蹲から溢れた水を処理する「洞水門」が起源という説があるそうです。Suikinkutuillust_21 断面図のような工夫がなされて、音を奏でています。

水琴窟に関するお問い合わせは

石川県能美郡川北町字橘ハ42-1

喜水苑

電話(076)277-0336 小竹まで。

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天然アユの特徴

今日また鮎が入荷しました。例年この時期になると手取川は早朝から堤防沿いに車がびっしりとまっています。喜水苑付近の手取川は下流なのに、車がいっぱい!!

今日鮎をもってきてくださった方に聞いた話によると、鮎は縄張りがあり、流れの速いところには大物の鮎が沢山いるそうです。鮎も鮭と同じで流れに逆らって泳ぐ習性の魚で、だんだん下流には鮎がいなくなるそうです。お盆くらいになると、上流の方にしか鮎はみられなくなるとのことでした。釣りに興味がある方にしては当たり前のことかもしれないのですが、釣りに全くの無知の私にとっては『へぇ~』の連発です。今日のように休日にあると、そこらじゅうで釣りをしている為、鮎は縄張りどころではなく、川の中を逃げ回っているようで、長年釣りをしている方でも、どのあたりに鮎がいるのかさっぱりわからないそうです。

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天然と養殖、両者の違い

  • 天然鮎は、色つやが良く、表面がグリーンで透き通るように美しい。
  • 形は、体の曲線が美しく、のびていくようにすらっとしているのが特徴。
  • 鮎のエラ部分に“星”と呼ばれる黄色い模様がきれいに入っているのは天然ものの証(右写真)。養殖鮎は色が全体的に黒ずんでいて“星”がない。
  • 背びれも養殖の鮎は短いが、天然鮎はひれも大きく長い。(左写真)
  • 何といっても味がちがいます。天然ものは香りが高い

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繭玉(まゆだま)の由来

更新が遅れてしまいました。

大変おくればせながら・・・。

おけましておめでとうございます。昨年中は皆様方に大変ご愛顧いただきましたことを、深く感謝いたしております。本年も皆様にお喜びいただけるよう喜水苑スタッフ一同努力していきたいと思っております。何卒宜しくお願いいたします。

今年も皆様方の商売繁盛、安全を願い、喜水苑のロビーに毎年恒例の繭玉を飾り付けいたしました。喜水苑の仕事始めの日にご来店くださるお客様にもお手伝いしていただき、見事に完成いたしました。Dsc01927_2

繭玉(まゆだま)飾りの由来

繭玉団子が蚕の繭の形をしているのは、言うまでもなく養蚕をおこなう人々が蚕繭の豊作を祈願していた名残です。小正月の1月14日から16日頃に神棚などに飾るのが一般的なならわしですが、養蚕が盛んな(盛んだった)地域では二月初午を「蚕玉祭り」として、繭玉団子を作り養蚕の守り神である「蚕玉(こだま)さま」を祭っているところもあるということです。

「繭玉飾り」は繭玉団子を柳や水木の枝にさしたもので「餅花」の一種です。「餅花」とは丸めた餅や団子を柳の枝にさして作物の豊かな「稔り」を表現したもので、それを神棚やその近くに飾り作物の豊作を祈念した予祝行事です。この習俗はそれぞれの地域の生業や風習と結びついて様々な形態に発展していったようです。例えば「繭玉飾り」の名のとおり蚕の繭を模して繭玉団子をつくるほか、地域によっては稲花、野菜、果物などの農作物、農具、小判や巾着、動物、玩具など、主に五穀豊穣や商売繁盛などに関係したさまざまなものがモチーフにされています。

私たちの住んでいる町川北町近郊では、昔、男児が誕生したら繭玉に、玩具や相撲の軍配がついたものを花嫁さんの実家から贈られ、女児が誕生したら繭玉に巾着の飾りが付けられ贈られていたようで、我が家は3人兄弟だった為、軍配や玩具が付いたものが神棚にいつも飾られていました。今ではそんな昔からの風習がだんだん薄れなんとなく寂しいきもします。

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喜水苑の土用の丑の日

7月23日(日)は土用の丑の日でした。今年も喜水苑特製鰻は大好評で、途中で売り切れてしまい、我が家の食卓には残念ながら鰻が並びませんでした。(>_<)今年は2回丑の日があることをきっと皆さんはテレビや新聞等でもう既に御存知ですよね(^_-)-☆次回は8月4日です。川北まつり前日です。皆さん鰻を食べて暑い夏を乗り切りましょう!!

土用の丑の日に鰻を食べるようになったか?の由来がいくつかあったことを皆さんは御存知でしたか?今回は由来の3つの説を御紹介いたします。

  •  万葉集に大伴家持が夏痩せの友人に鰻を食べるように勧めている和歌が収められている

  • 江戸時代、商売がうまく行かない鰻屋が平賀源内の所に相談に行った。源内は、「丑の日に『う』の字が附く物を食べると夏負けしない」という民間伝承からヒントを得て、「本日丑の日」と書いて店先に貼ることを勧めた。すると、物知りとして有名な源内の言うことならということで、その鰻屋は大変繁盛した。その後、他の鰻屋もそれを真似るようになり、土用の丑の日に鰻を食べる風習が定着した。

  • 土用に大量の蒲焼の注文を受けた鰻屋が、子の日、丑の日、寅の日の3日間で作って土甕に入れて保存しておいたところ、丑の日に作った物だけが悪くなっていなかったから。

二つ目の説の方がよく世に語られていますよね。

鰻の由来にこだわらず、暑い日は鰻を食べましょう!!御注文は一本から承っております!!川北町内は配達いたしま~す!

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